7月5日に原始反射の講座を開催します!

大人になって(それも50歳を過ぎてから!)原始反射のことを知ったとき、
私は自分の子ども時代の身体感覚のもどかしさが、ようやく腹落ちしたのでした。
もっと早く、誰かにこの身体の扱いにくさの要因に気づいてもらえて、何らかの対処をしてもらえていたら!
そう思ったのです。
そうしたら・・
私は、「運動すること」を、今より楽しめる子になれていたかもしれない。
体育の授業がある日に、怯えずに済んだかもしれない。
階段を降りるたびに転げ落ちそうに感じる身体に焦らずにいられたかもしれない。
突然の音や人の気配に、あれほど身構えなくてもよかったかもしれない。
ささいな段差のある場所で、転ばない子になれたかもしれない。
車酔いの不安が減って、みんなともっと遠足が楽しめたかもしれない。
体育祭のチーム分けで、厄介者扱いされずに済んでいたかもしれない。
狭い場所で、やたらと身体をぶつけることが減ったかもしれない。
左右の手足を一緒に使うと混乱することも、球技が苦手なことも、
ただ「運動神経が悪い」と片づけられずに済んだかもしれない。
まだまだ・・まだまだ・・”たられば”を言い出したらキリがないけれど・・。
もちろん、原始反射について周りの誰かが知っていたからといって、
すべてが変わったとは言えません。
けれど少なくとも、
「どうして、私はみんなが普通にできていることが、上手くできないのだろう?」
と、自分の意志や性格を責めることは、減っていたのではないかと思うのです。

原始反射とは、赤ちゃんが生まれながらに持っている、自動的な身体の反応です。
大きな音や突然の刺激に反応したり、顔を向けた方向によって手足の動きが変わったり、頭の位置によって身体の緊張方向が変化したりします。
これらは、赤ちゃんがこの世界を生き延び、育っていくために必要な自動反応です。
成長とともに神経系が発達し、反射に動かされる状態から、徐々に自分で身体を調整できる状態へと移行していきます。
ただ、その進み方には個人差があります。
原始反射の影響が強く残っていると、姿勢を保つこと、目と手を一緒に使うこと、左右を協調させること、刺激を受け止めることなどに、過剰に力を要する場合があります。
それは、怠けでも、性格のせいでも、根性不足でもありません。
身体のサバイバル信号が解除されないため、身体なりの方法で、毎日をなんとか生き延びようとしている証なのです。
今から20年以上前の2002年、文部科学省は、通常の学級に在籍する子どものうち、学習面や行動面で著しい困難を示す子どもについて調査を行いました。
その推計は6.3%でした。
ところが、2022年の調査では8.8%と増加しています。
ただし、これは医師によって発達障害と診断された子どもの割合ではありません。
教員の回答をもとに、教育上の支援を必要とする可能性のある子どもを把握した調査です。
また、特別支援学級や通級による指導を利用する子どもの数も、この20年ほどで急激に増えています。
では、発達障害の子どもそのものが、それだけ増えたということでしょうか?
この要因の背景については、さまざまな見方があります。
・以前から困りごとを抱えた子どもはいたけれど、発達障害への認識が広がり、見つけられるようになった。
・スマートフォン等、IT技術の進化
・診断基準や支援制度が整い、これまでなら「変わった子」「落ち着きのない子」とされていた子どもが、適切な支援につながるようになった。
・学校や家庭、社会の生活様式が変わったことで、以前は表面化しにくかった困難が目立つようになった。
おそらく、ひとつの理由だけで説明できるものではないのでしょう。
現代の子どもの脳や身体に、何かひとつの異変が起きていると結論づけることはできません。
けれど、子どもを取り巻く生活が、数十年前とは大きく変わっていることは事実です。なかでも、スマートフォンやタブレットの登場は、子どもの生活を大きく変えました。
スマホが普及した時期と、発達上の支援を必要とする子どもが多く認識されるようになった時期は、実際に重なっています。
けれど、時期が重なっているからといって、スマホが発達障害を引き起こしたとは言えません。
一方で、乳幼児期にスマホ画面を見る時間が長くなることと、睡眠、言語、注意、社会的なやり取りなどとの間に、何らかの関連があるという報告はあります。
ここで考えたいのは、スマホが良いか悪いかということではありません。
画面を見る時間が増えることで、逆に何の時間が減っているのか、ということです。
例えば・・・
床の上で這うこと。
少し遠くにある興味あるものへと手を伸ばすこと。
床の上を転がること。
公園にある不安定な遊具で遊ぶこと。
スポーツや鬼ごっこなど、集団遊びの減少。
大人の顔を見て、声や表情に応じること。
子どもの身体は、そうした現実とのやり取りの中で育っていきます。
スマホの中では、指先を動かせば世界が変わります。
けれど現実の世界では、思ったとおりに物が動かないことがあります。
工夫をしないと、身体が行きたい場所に届かないこともあります。
うまくつかめないこともあります。
じっと、待たなければならないこともあります。
その不自由さの中で、身体は距離やバランスを知り、
自分と世界との境界線を学んでいきます。
だからといって、子育ての中からスマホをなくせばよい、という話でもありません。子どもに動画を見てもらうことで、ようやく夕食の支度ができる日もあります。疲れ切った大人が、ひと息つくために必要な場面だってありますよね?
必要なのは、スマホ画面の外にある身体経験を、
意図してできる範囲で残していくことなのだと思います。
這うことや、転がることや、揺れること。
触れること。
人の表情を見ながら、自分の身体を動かしてみること。
こうした経験は、単なる遊びではありません。
子どもが、自分の身体を自分のものとして使っていくための、大切な時間です。
情報化社会の現代の子育てでは、何かと成長の速さが注目されます。
例えば、うちの子は他所の子よりも・・・・
早く首がすわった。
早く立った。
早く歩いた。
ママ友との集いで、こんな会話を聞いて焦ったり、傷ついているお母さんは、少なくないです。
けれど、本当に大切なのは、早く次の段階へ進むことだけではありません。それぞれの時期に、その子に必要な動きを十分にし、試し、失敗しながら、身体の感覚を育てていくことです。
もちろん、はいはいの期間が短かったから発達障害になる、という単純な話ではありません。歩き始めるのが早かったから、何かが未発達になると決めつけることもできません。
ただ、いつの段階であっても、
這う、転がる、揺れるといった動きを、生活や、遊びの中に取り戻していくことはできます。
脳や神経系には、経験によって変化していく力があります。だから、何歳であっても、もう手遅れということではありません。
けれど私は、自分自身の経験から、早い段階で身体の見方を知っている大人が、子どものそばにいることには、それだけで、大きな意味があると考えます。
今回の原始反射の講座は、
すでに困りごとを抱えている方だけに向けたものではありません。
これからお母さんになる方。
いつか子どもを迎えたいと思っている方。
これから赤ちゃんを迎えるご家族が身近にいる方。
そして、赤ちゃんや幼い子どもに関わる保育士さんや支援者の方。
子どもの育ちの早い時期に立ち会える方にも、
ぜひ知っていただきたいと思っています。
早く介入するというと、早く異常を見つけ、早く直すことのように聞こえるかもしれません。けれど、私が考えている早期介入は、矯正を急ぐことではありません。
その子が、早く理解されるということです。
「わがまま」
「怒りっぽい」
「繊細過ぎ」
「臆病」
「落ち着きがない」
「不器用」
そう名前をつける前に、
この子の身体には、いま何が起きているのだろう?
どんな刺激が負担なのだろう?
どんな動きなら、安心して経験できるのだろう?
と、ひとりでも多くの大人が見てあげられること。
その子のそばに、身体の育ちを知っている人がひとりいる。
それだけで、その子が自分を責めずに済む未来があるかもしれません。
できないことを、無理にできるようにさせるのではなく、
怖がっている子を、慣れさせようと急かすのでもなく、
身体が何に困っているのかを知り、その子が受け取りやすい経験を、
少しずつ手渡していくのです。
講座では、原始反射の基礎を学ぶだけでなく、実際に身体を動かしながら、今の自分の中にある反応も確かめていきます。
子どものために学びたい方も。
かつて子どもだった、ご自身のために学びたい方も。
身体を急いで変えるのではなく、まず知るところから始めてみませんか?
また今回は、お隣の光うさぎカフェにて、DELIGHT選りすぐりのセラピストによるセッションや、おいしい玄米パンの出展もございます。
講座とあわせて、どうぞお楽しみください!
きょうも最後までお読みくださりありがとうございました。








